yuhka-unoの日記

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アスペだけど、差別語について考えてみた

どうもこんにちは、アスペの宇野ゆうかです。最近アスペルガー症候群の診断が下りました。以前別の病院で発達の検査をして、「グレーゾーンではあるかもしれないけど、アスペルガーど真ん中じゃない」と言われて、ああそうなんだと思っていたのだけれど、去年、自分がアスペルガー症候群だとはっきりわかる出来事があって、以前の病院での検査結果を、発達障害に詳しい精神科医に見てもらったら、「君アスペルガー症候群やね。典型的」と言われてしまいました。まぁ、やっぱりね。言語性IQと動作性IQの数値の差が開いていたから、そんな気はしてたよ。
 

撮り鉄はアスペ

で、これなんだけど。
まぁ確かに、アスペルガー症候群の人は、幼少期におもちゃとかを一列に並べて遊ぶ「ものならべ」をする特徴があって、同じものが整然と並んでいるのが好きな傾向はあるし、興味が偏っていてオタク気質な人が多い傾向もあるから、鉄道マニアになるAS症候群の人が多いと言われてはいるんだよね。でもこの増田の内容は、「日本人は、決められたことを守って、規則正しく行動する傾向があるから、日本人はアスペ」レベルの暴論だよ。このレベルの暴論なら、AS症候群の特徴っぽいものをピックアップしてくれば、何だってアスペと言うことができる。
たぶん、これの元ネタって、鉄道関連イベントで、イベントに来ていた男と親子の間で何か揉め事になって、男が子供を取り上げて母親に土下座させた件なんだろうけど、こういったカメラマンのマナーが悪い問題って、別に鉄道関連に限らないし、マスコミのメディアスクラムだって散々批判されているわけで、たぶん、大勢のカメラマンが押しかけて何かを撮影するという状況は、集団心理で傍若無人な行動に出やすくなるということなんだろう。プラス、そりゃカメラで撮影するという環境なんだから、傍若無人になっている人が記録されやすく、従って、マナーの悪い人が可視化されやすいというのもあるだろう。
「アスペ=鉄道好き」ということなら、当然撮り鉄以外の方向での鉄道マニアもAS症候群が多いということになるわけで、この件に関しては、「鉄オタ」や「アスペ」よりも「カメラマン」という文脈で考えたほうが良い問題だと思うよ。
 
こんなものは「幼女を誘拐するのはロリコンのオタク」「ゲームをやるとキレやすい子供になる」並みの偏見と暴論なんだけど、ブコメで「納得してしまった」と言ってる人がけっこういて、絶望的な気分になった。こういう暴論に納得してしまうのって、「フィギュア萌え族」とか「ゲーム脳」とかのトンデモ理論に納得してしまうのと同じことなんだけどね。人間、自分にとってよく知らない分野だと、トンデモ理論でもわりとあっさり信じてしまうものなんだな、と納得してしまいました。
最近は、業界不振の原因を、なんでもかんでも「若者の○○離れ」ということにしてしまう傾向があって、それを「天狗のしわざ」と言っていた人がいたけれど、「アスペ」というのも「天狗のしわざ」的に使われてるよね。「アスペだから」っていうことにしておけば、AS当事者以外はみんな納得、めでたしめでたしで思考停止。この前は、女性蔑視的なことを言っている人を批判する文章で「アスペかよ」とか書いてあるのを見て、もう本当にうんざりした。
ちなみに、私自身はアスペだけど鉄道全然興味ないです。鉄道の話してるタモリには興味あるけど。
 
あと、「アスペルガー症候群」から派生した「アスペ」という言葉が、本来の意味から離れていって、ただの侮蔑語になっていった過程を見ると、「ホモセクシャル」から派生した「ホモ」という言葉や、「Japanese」から派生した「Jap」という言葉が差別語になっている理由が、なんとなくわかったような気がした。

ジャップ - Wikipedia
 
古くは万延年間の江戸幕府の遣米使節に関する新聞報道にもこの表現が現れ、元来は単なるJapaneseの短縮形であり、蔑称ではなかった。しかし1900年にロンドンに留学中の夏目漱石が"Jap"と呼ばれて失敬と受け取る記述があり(倫敦消息)、当時すでに蔑称と認識されていたことがわかる。米国でも明治以後、日本人移民の増加とともに現地住民との摩擦が生じ、1930年代の日系移民排斥の風潮とともに蔑称の意味合いが強くなり、第二次世界大戦当時には反日プロパガンダに盛んに使用されたため、蔑称として定着した

「アスペ」という言葉も、これと同じ過程を辿っていると思う。元々は「アスペルガー症候群」の短縮形という意味合いでしかなかったし、当事者たちも「アスペ」と言っていたが、ネットで広まっていくにつれ、侮蔑的な文脈で使われることが多くなり、蔑称の意味合いが強くなっていった。この間、ほんの数年だった。まぁ、元々は単なる短縮形だった言葉が差別語として定着していく過程を、リアルタイムで目の当たりにしたこと自体は、興味深いといえば興味深かったけれど。
 
ここで、差別語関係で問題になる人々の代表的な例を、タイプ別に分けて考えてみる。
 

  1. 言葉狩りタイプ
    • いわゆる「言葉狩り」。例えば、「障害者」の「害」という文字が差別的なので「障がい者」と言い換えろ、「聴覚障害者」を「耳のご不自由な方」と言い換えろなどと迫る。
    • 「自分はこう言う」だけでなく、他人に対して強要するところがポイントか。
  2. クレーム避けタイプ
    • 言葉狩りタイプ」の人からクレームをつけられることを恐れている。テレビや役所などの公的機関に多い。
    • クレーム避けが目的になった結果として、当事者にとって望ましくない言い換えになったりするなど、本末転倒になりがち。
  3. 言葉狩りじゃないか!」タイプ
    • 自分が発した差別表現に対して抗議されると、「言葉狩りじゃないか!」と言って自己擁護する。「そんなことでいちいち抗議するから差別されるんだろ」「権利を振り回されるとちょっとなあ」などが決まり文句。
    • このタイプは、「言葉狩りタイプ」や「クレーム避けタイプ」に対して批判的だが、実質的にはそれらのタイプと同質である。

 
以上全てのタイプに共通しているのは、「自分自身を差別しない人だと思っておきたい」「差別だと批判されることを避けたい」というのが目的であって、当事者が抱えている問題について理解しようとしているわけではないということだ。「性格の良い人」と「自分自身を性格の良い人だと思っておきたい人」は違うのだが、〔1〕〜〔3〕のタイプは全て後者に当てはまる。こういうタイプの人たちは、無意識のうちに差別をしてしまって、他人に「それは差別だよ」と指摘されても、認められないし気付けないから、本当に「差別しない人」になっていくことができない。
だいたい、本当にただ単に差別語だと知らなくて使ってしまって、それを指摘された場合なら、外国語の間違いを指摘された時のように、「えっ、そういう意味だったの?知らなかった!」ってなって、すぐに修正する、という反応になるはずなので、そこで「そんなことでいちいち抗議するから差別される」だの「権利を振り回す」だの言うのはおかしいんだよね。
シャーロック・ホームズとアスペルガー症候群』でも書いたが、私は、障害の名前が差別的に使われているかどうかは、大きく分けて、その障害や障害者について考える「スタート地点」として使うか、思考停止するための「終点」として使うかだと思う。
あと、「障害者」という呼称は色々と問題視されるのに対して、「健常者」という呼称についてはあまり問題視されないというのも、構造的に興味深い現象だ。ちなみに、アスペルガー症候群発達障害の一種であり、「発達障害者」の対義語は「定型発達者」である。
 

嫌いな言葉:言葉狩り - Apes! Not Monkeys!  本館
 
彼はなぜ文句を言えなかったのか? 「ジョークのわからない、神経過敏の黒人と思われたくなかった」からだ。これは「言葉狩り」ではないのだろうか? 石原の「ばばあ」発言に対して訴訟を起こした人々を嘲笑するといったかたちで、マジョリティは常にマイノリティに沈黙への圧力をかけているのである。

 
まぁでも、「アスペルガー症候群」っていう呼称が長いから、何か適当な略称が欲しいというのはわかる。なので、「アスペルガー的人生」の著者 リアン・ホリデー ウィリーが「Aspie」と言っていたことから、「アスピー」を推しておきます。個人的にはアスペルガー女子のことを「アスペルガール」って言うのがマイブームなんだけどね。アスペルガールを48人集めてASD48を結成しよう。
 

アスペルガー的人生

アスペルガー的人生

  • 作者: リアン・ホリデーウィリー,Liane Holliday Willey,ニキリンコ
  • 出版社/メーカー: 東京書籍
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〔追記〕
続きを書きました。
アスペだけど、「差別語っていくらでも作れるんだよ」と言う人に反論してみた
 
 
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